「簡単な質問」 アーネスト・ヘミングウェイ

「簡単な質問」 アーネスト・ヘミングウェイ

「簡単な質問」は、短編集「男だけの世界」(原題:MEN WITHOUT WOMEN,1927年)に収められた、ホモセクシャルを主題にしたパリ時代の掌編だ。ヘミングウェイは1899年生まれなので、20代半ばの作品ということになる。この短編集が出た27年に最初の妻ハドリーと離婚し、二番目の妻ポーリーンと再婚。翌28年にはアメリカ本土最南端キー・ウエストに移住している。人生の大きな転機を迎えた時期の作品だ。

「男だけの世界」というタイトルの通り、この短編集には男性的な作品が多い。別の言い方をすれば、女性目線のしなやかな感性はやや影を潜めている。「敗れざるもの」「殺し屋」「5万ドル」などは、最初の短編集「われらの時代」の頃には見られなかったハードボイルド調の作品群だ。

ヘミングウェイは短編集のコンセプトを先に立てて書くタイプの作家ではないと思うので、結果的に男性的な色が濃くなったということだと思う。ヘミングウェイがオヤジ化したのか?それもあるかもしれないが、この時期のヘミングウェイは離婚問題で懊悩を極めており、男女の話を書く心境になかったと言われている。

尽くすタイプの妻ハドリーと、ヴォーグ誌の敏腕編集者ポーリーンとの狭間で、引き裂かれそうなほど精神的に追い詰められていたらしい。自業自得ではあるが、「もう女はうんざりだ」という気分に陥り、「男だけの世界」となったのだろう。(「殺し屋」や「十人のインディアン」などは、二人の女性の間で苦しむ心境が投影されている作品とも言われているので、一概に女性的な要素を排除したとも言えないが・・・)

「簡単な質問」はその「男だけの世界」に収められた同性愛の話だ。「男だけの世界」ってそういう意味だったの?となりそうだが、ディープさはまったくない。いかにもヘミングウェイらしく乾いたタッチでさらっと描いている。

あらすじと呼べるほどのものはなく、雪深い小屋で、少佐が一人の若い兵士を部屋に呼び寄せる。簡易ベッドに横たわりながら、恋人のことなどプライベートについていくつか質問する。そのシーンをスケッチした短い作品だ。5分もあれば読めるボリュームではあるが、ちょっと難解ではある。

少佐は、若い兵士に「女に恋をしたことがあるか?」と訊く。これは少佐の個人的な好奇心にも思えるが、ゲイの疑いがある兵士に対する「取り調べ」ともとれる。

この短編の原題はA Simply enquiry。「簡単な質問」という邦題が付けれられているが、「あっさりとした取り調べ」といったニュアンスを含んでいる。

少佐の淡々とした態度、ドアの外にいる副官の微笑などの描写から、事務的な取り調べのような印象を受ける。ただ、少佐が自分の顔にそっと指先で油を塗る様子や、若い兵士の手紙にすべて目を通しているあたり、お相手を探すホモセクシャルの匂いも漂う。

ヘミングウェイが暮らした1920年代のパリはモラル的に自由な空気に満ちていて、ゲイにも寛容だったようだ。ヘミングウェイは、レズビアンも含めて割とよく同性愛をモチーフにして小説を書く。彼自身がゲイであった、もしくは関心があったという意見もよく目にする。

この短編が書かれた時期を考えると、若い兵士の方に著者を重ねたくなる。ヘミングウェイが軍隊で実際に見聞きしたこと、あるいは自身が誘惑された経験がベースになっているのかもしれない。

海の変化」という短編も、テーマに共通性があるので読み比べると面白い。「簡単な質問」同様、そのものズバリを避けた巧みな表現が光る。作家が主題を熟知しているなら八分の一を書けば充分(残りの八分の7は水面下に隠す)とした「氷山の理論」を堪能できる一篇だ。

著者のセクシャリティにはあまり興味がないが、「簡単な質問」の完成度はかなり高いと思う。冒頭から締めの一文まで、丸暗記したくなるほどバランスが良く巧みだ。物語の力で心を動かす作品ではないが、文章がピュアで澄んでいる。私はあまり物語を普段から重視しない。プロットがよくできた物語は、どうも作り話っぽくて苦手なのだ。そういう人間にとって、ヘミングウェイはいつだって魅力的な作家だ。

われらの時代・男だけの世界 (新潮文庫―ヘミングウェイ全短編)

 

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