「十人のインディアン」 アーネスト・ヘミングウェイ

いわゆるニック・アダムスものの一つで、「十人のインディアン」(原題:Ten Indians)は6歳の少年ニックを主人公にしている。1927年に世に出た「男だけの世界」に収められた短編だ。作者ヘミングウエイは、1925年に二番目の妻となるポーリーンと出会い、1927年に最初の妻ハドリーと離婚している。自ら招いた別離に懊悩する作家による「恋人の裏切りに傷つくナイーヴな少年の心理」を描いた作品だ。ヘミングウェイはこの短編において、ハドリーの心情を慮り、立ち直りへの祈りを込めたのだろうか。消し去ることのできない自責の念が書かせた短編という気がする。

後年のインタビューでは、マドリード滞在中に短時間で一気に書き上げ、悲しみに襲われブランデーを煽って寝てしまったと執筆当時を振り返っている。

この短編は個人的にとても好きな作品だが、その理由はラストシーンにある。どのような辛い日でも、夜が明けて新しい日がやってくる。強い風、湖岸に打ち寄せる高波は、悶々とした思考を吹き飛ばし、少年の心をリセットする。「胸が張り裂ける思い」は、時間と大自然に洗われるかのように消え去っていく。ヘミングウェイの小説は、虚無や諦観、煩悶や懊悩に包まれていても、ジクジクとウェットに悩むことはない。思考をほとんど重視しておらず、フィジカルを主に描いていく。「私は何のために生きているのか」といった問いに自意識が悩み抜いて出した答えなど、自然の前では何の力も持たない。そのことを感じさせてくれる作品は、何度読んでも気持ちが良い。

われらの時代・男だけの世界 (新潮文庫―ヘミングウェイ全短編)

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